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神戸地方裁判所 昭和41年(ワ)491号 判決 1968年11月06日

原告

野瀬田留吉

ほか一名

被告

石橋健二

主文

被告は原告各自に対し金一三七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年四月一〇日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、原告訴訟代理人は「主文第一、二項同旨」の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、被告は、昭和四〇年四月七日午後一一時三〇分頃、訴外東洋タクシー株式会社所有の乗用自動車の助手席に原告らの二女野瀬田陽子を同乗させて神戸市垂水区東垂水町灘ベリ所属道路を東進中、後続車の前照灯が自車のルームミラーに反射するのに気をとられ後方を振り向くなどして前方の注視を怠つた過失により、折柄進路前方左側に故障のため駐車していた大型貨物自動車の発見がおくれ、約五メートルに接近してこれを認め、あわてて把手を右に切り避譲しようとしたが及ばず、自車の左前部を右貨物自動車の後部右側に接触させて自車を路上に横転させ、よつて右野瀬田陽子に対し頭蓋底骨折、頭蓋内出血の重傷を負わせ、翌八日午前八時五分同女を死亡するに至らしめた。(以下本件事故という。)

二、本件事故により、亡野瀬田陽子及びその両親である原告らは次の損害を受け、陽子の受けた損害の賠償請求権については直系尊属である原告らが相続により承継した。

(一)  亡陽子の逸失利益

陽子は本件事故の当時満一九才(昭和二一年三月一四日生)の女子で明石市鍜治屋町三七松下留野方にホステスとして勤め月収三万円、年収三六万円を得ていた。従つてそのうち生活費を控除しても純収益は年額二八万八〇〇〇円を下らないところ、同女は極めて健康体であつたから将来五三年間は右同額の収入をあげることができ、その額は合計一五二六万四〇〇〇円となる。そこで右金額からホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除し、本件事故時における一時払の金額に換算すると金四一八万一八九八円となり、同女は同額の得べかりし収入を失い被告に対しその賠償請求権を取得したところ、原告らは直系尊族としてその二分の一にあたる金二〇九万〇九四九円宛を相続により取得した。

(二)  原告らの慰藉料

原告らは、春秋に富む二女陽子を不慮の交通事により喪い悲嘆やる方なく、その精神的打撃は甚大である。よつてその慰藉料は原告各自につき金一五〇万宛が相当である。

(三)  損益相殺

原告らは本件事故による損害の賠償として、訴外東洋タクシー株式会社加入の自動車損害賠償責任保険より金五〇万円宛(計一〇〇万円)の給付を受けた。

三、よつて右二(一)(二)の損害額より(三)の給付金を控除すると原告各自の損害額は金三〇九万〇九四九円となるところ、原告と被告の事故当時の雇用主である訴外東洋タクシー株式会社との間に裁判上の和解が成立し、同会社より原告ら各自に対し金六二万五〇〇〇円宛(計一二五万)の支払を受けることとなつたので、被告に対しては右残額中原告各自に対しそれぞれ金一三七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年四月一〇日以降支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める。

第二、被告は「原告の請求を棄却する」旨の判決を求め、原告主張の請求原因一の事実(本件事故の発生事実)は認めるが、同二の事実(損害額)は争うと述べた。

第三、〔証拠関係略〕

理由

一、原告主張の請求原因一の事実(本件事故の発生事実)は、当事者間に争がない。

二、そこで、本件事故により受けた亡陽子及び原告らの損害につき判断する。

(一)  〔証拠略〕によれば、亡野瀬田陽子は本件事故当時満一九才(昭和二一年三月一四日生)の健康な未婚女性で昭和三九年一〇月より明石市鍜治屋町三七所在の飲食店スマトラこと松本留野方にホステスとして働き一ケ月平均三万円を下らない収入を得ていたこと、亡陽子は原告らの家計を助けるため右収入から二万円を下らない金額を家庭に入れ将来も引続き家庭済を援助するため働く考であつたこと、そのため派手な消費生活はしていなかつたことの各事実が認められる。そして以上の事実によれば亡陽子は本件事故に遭わなかつたならば少くとも以後五年間は同種の職業に就き右の収入をあげ得たものと推認すべく、その内同人の生活経費は一ケ月金一万五〇〇〇円と認むべきところ、それ以後は社会の一般事例に照らし家庭の主婦となる蓋然性が強いものというべきである。そして家庭の主婦の逸失利益はその労働能力を代替労働者(家政婦)を雇う場合の賃金により評価算定するのが相当である。ところで家政婦の賃金については的確な証拠がないけれども経験則に照らして考察すれば、これを控え目に算定しても年令六〇才に至るまで生活経費を控除してなお一ケ月一万円を下らない労働所得があると認むべきである。よつて右の算定に基いて亡陽子の得べかり所得を計算すると、(イ)本件事故時以後五年間に一ケ月一万五〇〇〇円の割合による合計金九〇万円の純収益をあげ得たこととなるが、ホフマン式計算方法(月毎計算)により年五分の割合による中間利息を控除し本件事故時における一時払の金額に換算すると金八〇万一八一七円となる。(ロ)つぎに家庭の主婦となつて以後の分は昭和四五年四月八日から同女が満六〇才に達する昭和八一年三月一三日まで三五年一一ケ月(四三一ケ月分)分合計金四三一万円となるところ、ホフマン式計算方法(年毎計算)により年五分の割合による中間利息を控除し本件事故時における一時払の金額に換算すると(41年のホフマン係数21,9704×年収120,000-5年のホフマン係数4,3643×120,000)金二一一万二七八二円となり、右(イ)(ロ)の合計額は金二九一万四五四九円となり、これが極めて控え目に算定した亡陽子が本件事故死により受けた将来にわたる財産的損害である。原告らは亡陽子は将来五三年間(七二才まで)一ケ月金三万円の割合による労働収益をあげることができたと主張するけれども、これを推認させるに足りる証拠はない。

(二)  原告らの慰藉料につき検討するに、原告野瀬田留吉の尋問結果によれば、原告ら夫婦間には三男二女があり、亡陽子は次女であるが原告留吉が病身であるためよく家政を助け孝行な娘であつたのに、人生の幸福を迎えることなく一九才の若さで悲惨な事故死をとげたため、原告らは悲嘆やる方なく、多大の精神的苦痛を受けたことが認められるけれども、〔証拠略〕を合わせると、本件事故は被告が友人と共に亡陽子の勤務する前記スマトラに遊びに行き、閉店後同女を誘い神戸市内で遊ぶべく明石より神戸へ向う途中の事故であつて好意的同乗によるものであることが認められるので、これら諸般の事情を考慮し、原告らの右苦痛に対する慰藉料は各自につき金一〇〇万円と認める。

(三)  原告らが前記損害に対する補償として訴外東洋タクシー株式会社加入の自動車損害賠償責任保険より各自金五〇万円(計一〇〇万円)の給付を受けたことは原告らの自認するところであり、また原告らと右訴外会社との間に裁判上の和解が成立し、同会社において総額一二五万円の賠償責任を負い、内五〇万円の履行を終え残額を一ケ月五万円宛分割して弁済することとなつたことは本件記録上明らかである。

三、以上のとおり、原告両名は亡陽子の直系尊属として、本件事故により亡陽子の取得した被告に対する前記二(一)(イ)(ロ)の損害賠償請求権(金二九一万四五四九円)を各二分の一宛相続取得し、さらに被告に対する前記二(二)の個有の慰藉料請求権を取得し、原告ら各自の請求権は金二四五万七二七四円となるところ、前記二(三)の受領金(各自七五万)を控除すると各自の残額債権は金一七〇万七二七四円となる。よつて被告に対しその内金一三七万五〇〇〇円及び事故発生後の昭和四〇年四月一〇日以降支払済まで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める原告らの本訴請求は理由があるものと認めこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条二項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎)

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